2010年サッカーワールドカップ南アフリカ大会の備忘録


by KiKidoblog2010
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「勝てば官軍」日本代表帰国会見:日本サッカーの将来像を見いだすことが今後の課題だ!

日本、決勝トーナメント進出には初戦が重要 気候との戦いも

日本代表が昨日関空に帰国
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し、会見
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を行った。

私もリアルタイムでこの会見を見ていたが、6時10分会見開始予定がどんどん延ばされ、最後には6時半過ぎにやっと始まった。と思ったら、会見放送はあっという間に終了。まったく会見内容をテレビで見ることは出来なかった。

この会見妨害を日本サッカー協会が意識的に行ったのかどうか知らないが、視聴者としては実に嘆かわしいことだった。帰国するなり、こういう横柄な態度に出るあたりまさしく「勝てば官軍」の態度そのものだったと言えるだろう。

今回の日本代表は、オシム監督の脳梗塞による代理で始まった監督の岡田氏も含めて、すべてが緊急の「とりあえず」のメンバー選考で始まった。まずはこのことを忘れてはならない。本来なら4年かけて行う選手選考を始めのオシム選考の2年から後半の岡田選考の2年で決まった、急造チームだったわけである。

これが、ツキもボールも日本に味方した結果(実際今大会はアディダス社製の「ジャブラニ」ボールを国内リーグで使用していたのはドイツと日本くらいのもので、他の国々はすべてナイキ社製のボールを使用して来た。これが功を奏したわけであったが)、当初の3戦全敗のタイムラインが変化し、ベスト16に進出というというよりなんとか予選リーグ突破というタイムラインに変化したのである。

言い換えれば、伝統的に日本サッカー協会が契約しているアディダスのおかげで偶然日本が好成績を収めたに過ぎないのである。このボールにより本来なら平均3失点するべきところが0失点に救われたのである。もしナイキのボールであれば、確実に日本は3戦全敗で予選敗退し、このチームは自信喪失と同時に、多くの日本人の希望を打ち砕いたに違いない。

この意味では、「紙一重の違い」で、英雄になるか、国賊になるかの瀬戸際にいたわけである。フランスやイギリスやイタリアを見れば、このことの意味が分かるはずである。ちょっとしたボールコントロールの違いが勝負の違いを生み、人生の違いを生んだのだ。

日本代表はアディダスのジャブラニに心から感謝すべきだろう。

その一方で、日本サッカーの質そのものを問えば、まったく何ももたらさなかった。よく言えば、チームが結束することがどういう結果を生むか、良いチームワークとはどういうものか、どういう効果を生むものか。こういったことを知る意味、再確認するという意味では得るものはあっただろうが、それ以外はまさしく「岡田サッカー」そのものであり、W杯前の4連敗の時のサッカーそのものである。ここにはオシム監督がめざした「考えながら動くサッカー」はみじんもなかった。

確かに好成績を残す時には、当然良いプレーがなければ勝てないわけだから、試合試合を見れば、たくさんの好プレー集になるはずである。

しかし、岡田監督の理想とするのは「前線からのプレス」と「手数の少ないカウンター攻撃」を中心に据えるもので、これは実現できずに終わった。むしろ、途中から戦術的には「岡田ジャパン」から離れて「海外組ジャパン」のサッカーに変わった。

「海外組ジャパン」のサッカーとは、「ブロックディフェンス」で守り、「1トップでのカウンター攻撃」というものであるらしい。これは松井選手やツーリオ選手などがベースのアイデアであり、それを長谷部選手が岡田監督に伝え、岡田監督が承認したというものらしい。

確かに自分の命令は実現できないチームで選手の考えた戦術を採用することを許す監督というのも珍しいが(普通はそういう情けない監督の姿は見せられないため)、それをあえてせざるを得なかったという、追い込まれたチーム事情が逆にこのチームにとっての正しい選択を行うことに繋がったということだろう。

これが結果的にチームの和やチームの結束を生み、結果として監督岡田の評価を挙げることに繋がったと見るべきだろう。この意味ではラッキーだった。同時に監督の力不足を補うだけの知力を持った選手たちがいて良かったということでもある。

しかしながら、忘れてならないことは、今回出場チャンスのなかった岩政選手や内田選手のように、代表の中にも代表選考外にも国内外にまだまだもっと良い日本人選手たちがいるという事実である。そして、今回の選手選考は、岡田監督の趣向に見合う、急選考のために、とりあえずのメンバーであり、けっして「日本代表」を称する本当の最高級の選手たちではなかったという事実である。

例えば、海外の190cm級の大型チームに対抗するには日本も大型チームにする必要があるが、今の日本サッカー界にも実は(サッカーを知らない人はあまりご存知ないだろうが)190cm級のサッカー選手はけっこういるのである。だから、もし監督が身体の大きさで選手選考したとすれば、日本国内組でも平山選手や堀越選手などかなり大型チームを送り出すことも可能なのである。また、もしメッシのようなテクニシャン系の選手を集めたとすれば、今の日本サッカー界ではそれも可能なのである。50m5秒台の俊足を集めるとすればそれも実現できる。それほど日本サッカーの裾野は昔と違い広がっているのである。

だから、いかなる代表を選ぶか、いかなるチームを日本代表に取るかは、すでに日本サッカー協会やJリーグなどの「日本サッカーの将来構想」そのものに依存しているのである。オシムがいうような「日本人に見合った、考えて走るサッカー」を目指すのか、アルゼンチンやブラジルやウルグアイやパラグアイやメキシコのような「ボールは汗をかかない」哲学のサッカーを目指すのか、あるいは「パスアンドゴー」と「ウィングプレー」のドイツの「コンチネンタルサッカー」を目指すのか、オランダのような「トータルサッカー」を目指すのか、ニュージーランドのようなフィジカルマックスの「ラグビーサッカー」を目指すのか、こういう日本のサッカーの将来構想に応じて練習プログラムや選手選考が変わってくるのである。そしてそれを今は実現できる段階に入って来たのである。

従来の日本サッカーは、かつてのオフト監督から、トルシエ監督、ジーコ監督に見るように、常に「目先の流行サッカー」を追うということだけをやってきた。今ドイツが優勝すればドイツサッカーをめざし、ドイツ人サッカー監督を引き抜く。今ブラジルが優勝すればブラジル人サッカー監督を引き抜く。こういうことを伝統的に行って来た。

それが間違っていると誰にも分かる形で最初に主張したのがオシム監督だった。というのも、私のようにサッカー経験者やサッカーをよく理解しているものにはすでにずっと昔から分かっていたことだし、オシムの前にも、選手としてやってきたドゥンガのような有名選手たちはいつもそういうことを言って来たことだからである。そして、ようやくのことで「日本人の特徴や気質」や「日本人の体型」に見合った独自のサッカーを構築すべき時が来たという考えが支配的になったのである。

岡田監督は、オシム監督のこの思想の恩恵を受けている。やはりオシムなくして今の岡田監督の成功はあり得ない。そしてその前に稲本や遠藤を育てたトルシエ監督、中澤を発掘したジーコ監督などの功績の上に成り立っていることを忘れてはならない。

しかしながら、私の個人的観点、私の個人的趣味でいえば、もうJリーグができて17年。そろそろ、その中から日本独特の選手たちが育って来ているはずである。これまでだれも知らなかったような新しいタイプの日本独特の選手たちがいるはずなのである。例えば、日本女子サッカー、なでしこジャパンの選手たちのような逸材がいるはずなのだ。そういう選手たちにチャンスを与え、育成し、これまでとはまったく違った日本独特のサッカーで世界をあっと言わせる時が来た。私はそう思うのだ。

私が知る限り、今は不祥事で試合に出られないが、徳島商業のサッカーはこれまでのどのチームとも違う独特のサッカーである。身体が小柄な選手が多いため、走りとパスワークの超攻撃型チームである。こういったまったく新しいタイプのサッカーはすでに高校サッカー界では生み出されつつある。なぜなら子供たちには自分のやることの出来るサッカーが一番のものであり、オランダもドイツもブラジルもアルゼンチンも所詮は外国のものでしかないからだ。

こういう新しい息吹、新しい芽を発掘し育てる必要がある。今まさに息吹きつつある新しい日本のサッカーを導き育て明日の日本代表のレベルにまで昇格させていく必要がある。こういうサッカーを目指し、それによって世界ランキングを10位前後に持ち上げることが可能となった時こそ、本当に、一時のまぐれや偶然というのではなく、「ベスト4」を狙える国になる。そして、常に4強、5強と呼ばれる国の仲間入りができるのである。私はそう考えている。
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by Kikidoblog2010 | 2010-07-02 11:10 | World Cup 2010