2010年サッカーワールドカップ南アフリカ大会の備忘録


by KiKidoblog2010
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中村俊輔代表引退:最後までサッカーを理解しなかった男

俊輔代表引退、耐えるのつらかった/日本

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今後を聞かれて

「次の代表? ないよ、オレは」
「耐えるのがつらかった…」
「左足首が痛いから仕方ない。足首さえ治れば…」
「年齢的にも今回が最後かな」
「今回、使われなかったことは、02年の落選よりショックだった。02年は、これに比べるとかすり傷かな。中学時代にマリノスユースに上がれなかったことを超えたね」
「すべてが終わった今思えば、足首じゃないね。僕の実力がなかったね。本田みたいに1トップでも何でもできる選手じゃないとね」
「自分の存在が戦術を変えられるくらいの選手になりたい」
「オレは本当にW杯とは縁がないね。これも運命かな」

「次は山に登るよ」

三浦知良を例に
「ああいうサッカー人生は格好いい。オレにできるかな」

−−−−−−

私はこのインタビューを見て、中村俊輔選手の本質的欠陥はサッカー戦術でもサッカー技術でも精神性でもないことがわかった。どうやら中村俊輔選手に「正しいサッカー理論」や「サッカーとはどういうスポーツか」を教えるものがいなかったらしいということだ。

この歳になり、まだ「すべてが終わった今思えば、足首じゃないね。僕の実力がなかったね。本田みたいに1トップでも何でもできる選手じゃないとね」というようなことを言っているとは正直驚きだった。これでは、「サッカーとは人にプレーがついている」ことになる。

サッカーというものは、バスケットボールと同じように、「ポジション(位置=場所)ごとにプレーがついている」スポーツである。ここでいう、ポジションとは、人がどのポジションを受け持つかということではなく、文字通りの場所のこと、フィールド上の場所のことである。

つまり、サッカーでは、自分が今フィールド上のどこにいるかにより、やるべきプレーが変わるスポーツなのであって、自分がFWだからシュートを打つというようなスポーツではない、ということである。ここが野球とは異なる。

野球では4番打者になれるものは肉体的に限りがあるからだれでも4番打者にはなれない。だから選手に求められるプレーがつく。だれでも松井秀樹にはなれない。だから松井は4番になれる。

しかしサッカーとはそういうスポーツではない。サッカーではだれでもゴール前に行くことが出来る。だから、ゴール前に行けばだれもがシュートを狙わなくてはならない。たまたまそこにいる自分がDFだったからといってシュートを他人に譲ってはいけない。そういうスポーツなのである。

このサッカー理論、サッカー原理を追求することにより、いわゆる「トータルサッカー」(ポジションが流動的でポジションが変われば自分のやるべき仕事も変わる)が誕生したわけだ。

自分がウィングの位置にいれば、センタリングして中の選手に合わせるのが役目になる。自分がゴール前に入れば今度は自分がシュートし得点するのが役割になる。自分が自陣の前に入れば今度はゴールを守るのが役目となる。自分がフィールドのどの位置にいるかによりFWにもなれば、MFにもなれば、DFにもなるというのがトータルサッカー、現代サッカーの極意である。

本田選手はそれを理解していたからこそ、自分の立ち位置により、攻撃したり守備をしたり、パスをしたり、シュートをしたり選択したわけである。どうやら中村俊輔選手はこのことがどうしても理解できないようである。

私も記憶しているが、トルシエが中村俊輔選手を外したのは、中村選手が自分は攻撃の要で守備の要ではないから守らないというプレーをしたからだ。W杯前の国際Aマッチで、3得点に絡んだが同時に3失点にも絡んだからである。もし1得点しか絡まなかったとしても守備をして失点0に貢献すればトルシエは中村を選んだはずである。

遠藤が選ばれたのも、稲本が選ばれたのも、攻撃もさることながら休まず守備を行って走り回ったからである。「俺は攻撃のときだけ走る」のではだれも彼を使えないだろう。

今からでも遅くはない。サッカーの神髄を早く覚え込むことだ。
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by Kikidoblog2010 | 2010-07-01 14:50 | World Cup 2010